研究テーマ詳細

MSやNMRによる天然有機化合物の構造解析

天然有機化合物には、特徴的な構造や顕著な生物活性が見られるものが数多く存在し、生理学、食品科学、創薬といった多様な分野から注目を集めています。一方で、それらの生合成機構や機能については、未だ明らかとなっていない点があるのが現状です。私たちは、高分解能MSや高磁場NMR等の分析機器を用いた構造解析により、微量成分や複雑な構造をもつ天然有機化合物の単離・同定に取り組んでいます。

(1) 紅藻ハナヤナギ由来パリトキシン類の構造決定
 魚介類を介した食中毒の中には、海洋生物の産生する二次代謝物による事例が多数報告されており、原因化合物の微量分析や産生者の特定は科学的のみならず社会的な見地からも重要です。
 本研究で対象としたハナヤナギ(Chondria armata)は、古くは鹿児島県において虫下しとして用いられてきた紅藻です。ハナヤナギに含まれる活性成分としては、記憶喪失性貝毒の要因であるドウモイ酸がよく知られていますが、殺虫活性を指標とした探索において、ドウモイ酸の1,000倍程度の強い活性を有する化合物が他にも含まれることが分かりました。これらの化合物の分子量は非常に大きく、NMRシグナルが重複しその解析は極めて困難でしたが、種々の測定法を駆使し、本化合物がパリトキシンおよびパリトキシンカルボン酸であると決定することができました。また既報のNMRシグナル帰属を一部改定しました。
 パリトキシンは、繰り返し構造を持たない天然物としては極めて大きく、非常に強い毒性を有しています。パリトキシンは、当初は腔腸動物イワスナギンチャクから単離された化合物であり、その後の研究で魚類や甲殻類からの単離も報告されていましたが、本研究によって初めて海洋植物にも含まれていることが分かりました。パリトキシンおよびその類縁体の構造解析は、パリトキシンの生合成や海洋生態系での動態を知る上で重要であると言えます。

(2) 液体クロマトグラフィー質量分析法を用いた黄色花弁中のカロテノイド異性体の迅速同定
 液体クロマトグラフィーフォトダイオードアレイ質量分析(LC-PDA-MS)は、二次代謝物の組成とそれらの生合成経路の解析に基づいた植物の系統分類を行うケモタキソノミー(化学分類学)において、複雑な代謝物の分析に有用な手法です。しかし、二次代謝物の中には質量数や吸収スペクトルでは区別できない構造異性体が存在します。
 私たちはLC-MS/MSフラグメント化を用いて、黄色花弁(トマト花弁)に含有されるカロテノイド色素で同質量のため分析が困難であったビオラキサンチンエステル(violaxanthin ester)とネオキサンチンエステル(neoxanthin ester)を迅速に識別できる92u損失したフラグメントイオンの存在を見出しました。そのイオンの形成過程を図に示しています。今後は、LC-PDA-MS/MS を用いて、吸収スペクトル、質量数、MS/MS フラグメントイオン解析から様々な代謝物を迅速に同定する方法を開発する予定です。

ネオキサンチンジエステルのカルボカチオンの安定性とビオラキサンチンジエステル
からの92u損失イオンの形成メカニズム

【原著論文】

1.Mori S., Sugahara K., Maeda M., Nomoto K., Iwashita T., Yamagaki T.
“Insecticidal activity guided isolation of palytoxin from a red alga, Chondria armata.
Tetrahedron Lett. 57, 3612–3617 (2016). [Publisher]

2.Mori, S., Sugahara, K., Maeda, M., Shimamoto, K., Iwashita, T., Yamagaki, T.
“A truncated palytoxin analogue, palytoxin carboxylic acid, isolated as an insecticidal compound from the red alga, Chondria armata.”
Tetrahedron Lett. 59, 4420–4425 (2018). [Publisher]

3.Watanabe, T., Yamagaki, T., Azuma, T., Horikawa, M.
“Distinguishing between isomeric neoxanthin and violaxanthin esters in yellow flower petals using liquid chromatography/photodiode array atmospheric pressure chemical ionization mass spectrometry and tandem mass spectrometry.”
Rapid Commun. Mass Spectrom. 35, e9142 (2021). [Publisher]

森 祥子

研究員
構造生命科学研究部

渡辺 健宏

技術員
研究企画部

研究テーマへ戻る