植物や哺乳類におけるムギネ酸類の新しい生物学的役割の解明と応用の可能性
鉄は、DNA合成をはじめ様々な酵素の中心金属として重要な役割を担っているため、すべての生物にとって不可欠な元素です。土壌から鉄を吸収する植物の鉄吸収機構は、植物はもちろん、食糧にする哺乳類にとっても重要です。イネ、オオムギ、コムギ、トウモロコシなどのイネ科植物は、ファイトシデロフォアであるムギネ酸(MA)とその類縁体 (MAs)を生合成して、根から溶出し、不溶性土壌鉄Fe(III)と錯体を形成して効率的に獲得する戦略をとっています。 当研究所では1978年にMAの化学構造を決定してからMAsの構造や生合成ならびにオオムギがFe(III)-MA錯体を吸収するトランスポーターの同定などを行ってきました。一方、基質である MAの一種である 2′-デオキシムギネ酸 (DMA) の効率的な合成法も開発し、十分に供給できるようになりました。さらに合成類似体であるプロリン-2′-デオキシムギネ酸 (PDMA) が、十分な鉄輸送活性を備えた費用対効果の高いDMA 類似体であり、フィールド実験でアルカリ土壌でのイネの生育を促進することが示されました (図 1)。
次に、植物内の金属輸送に不可欠な MAs の前駆体であるニコチアナミン (NA) は豆、カボチャ、トマトなどの植物性食物に多く含まれており、アミノ酸トランスポーター(PAT1)によってマウスの小腸でFe(II)NA錯体として吸収されることを報告しました (図 2)。これまで、小腸での鉄吸収は十二指腸で行われることが知られていますが、場所の異なる近位空腸においてFe(II)錯体として吸収するというNAの生物学的役割の発見は、植物界と動物界でのNA の生物学的重要性を浮き彫りにしました。今後、NA鉄錯体の動態に関与する輸送体やその代謝経路を解明し、哺乳動物における新しい鉄輸送分子機構の全容を明らかにすることを目指します。将来、ヒトで最も一般的な栄養障害の1つである鉄欠乏症から回復するための研究に展開できることを期待しています。
[原著論文]
1.Suzuki M., Urabe A., Sasaki S., Tsugawa R., Nishio S., Mukaiyama H., Murata Y., Masuda H., Aung M. S., Mera A., Takeuchi M., Fukushima K., Kanaki M., Kobayashi K., Chiba Y., Shrestha B., Nakanishi H., Watanabe T., Nakayama A., Fujino H., Kobayashi T., Tanino T., Nishizawa N., Namba K. Development of a mugineic acid family phytosiderophore analog as an iron fertilizer. Nature Commun. 12, 1558 (2021).
2.Murata Y., Yoshida M., Sakamoto N., Morimoto S., Watanabe T., Namba K. Iron uptake mediated by the plant-derived chelator nicotianamine in the small intestine. J Biol Chem. 296, 100195 (2021). Editors’ Pick
[総説、レヴュー]
1.村田佳子 第20章ムギネ酸 p133-140、化学のとびら64 天然物の化学II 自然からの贈り物 上村大輔編 東京化学同人 (2018)
2. Murata Y., Murata J., Namba K. Unraveling the new biological roles and possible applications of phytosiderophores in plants and mammals. Metallomics Research Vol.2 No.2 (2022).