非神経性アセチルコリンが制御する組織幹細胞の分化・増殖、維持機構の解明
小腸の上皮細胞は、わずか3~5日という短いスパンで新しい細胞へと生涯更新され続けています。この更新は、陰窩(クリプト)に存在する腸幹細胞が中心的な役割を果たしています(図1)。古典的神経伝達物質として最もよく研究されているアセチルコリン(ACh)やその受容体は主に神経細胞に局在し、神経伝達及びその調節に関与しています。一方で、非神経系組織でもACh及び同受容体の存在が確認され、神経系とは異なる働きが示唆されています。そこで我々は、腸管に着目し、腸幹細胞における代謝型ムスカリン性ACh受容体(mAChRs)とチャネル型ニコチン性ACh受容体(nAChRs)の機能及びシグナル伝達の違いを明らかにし、非神経細胞型ACh受容体を介したAChの新規生理学的役割を解明することを目的に研究を推進しています。
これまでに腸上皮細胞内にACh産生系が存在すること、及び腸上皮細胞から放出されるAChが代謝型mAChRs(M1, M2, M3)を介して腸幹細胞の維持と分化抑制に関与することを腸オルガノイド培養系を用いた薬理実験により突き止めています。そこで、5種類全ての代謝型mAChRsのノックアウトマウス(KOマウス)を解析したところ、M3-KOマウスでは、クリプトサイズが増大し、腸幹細胞の分化・増殖が促進されていました(図2)。さらに、RNA-Seq解析により、細胞増殖に関与するEphB/ephrin-B及びその下流域で働くMAPK/ERKシグナルが活性化されていることを見出しました(図2)。すなわち、これらのシグナルの協働によりクリプトの恒常性が維持されていると考えられます。
次に、チャネル型nAChRsの役割について、腸オルガノイド培養系を用いた薬理実験及びRNA-Seq解析から、Wntシグナルを介して腸幹細胞の分化・増殖が促進されることを明らかにしました(図3)。また、抗体染色の結果から、腸幹細胞制御に関与するチャネル型nAChRsはα2β4サブタイプで、腸幹細胞に隣接するパネート細胞に局在することを見出しました(図3)。
本研究により、腸上皮細胞から放出されるAChが腸幹細胞を制御する局所のシグナル分子であり、非神経系におけるAChの役割の新たなパラダイムを提唱できると期待しています。