シグナル分子や代謝酵素が制御する生物種の継続と拡大の分子機構
神経ペプチドやペプチドホルモンといったシグナル分子は、生殖、摂食、恒常性の維持、学習、記憶など、生体内で様々な生物学的役割を果たしています。私たちはカタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)を対象としたこれまでの研究で、ホヤの神経ペプチドやペプチドホルモンを30種以上(これまでに明らかになっているホヤのペプチドの約90%)同定しました。その結果、ホヤは他の無脊椎動物よりも脊椎動物のペプチドの同族体を多く保存しているだけでなく、種特異的な新規ペプチドも多数獲得していることがわかりました。また、受容体についても、脊椎動物のペプチドの同族体だけでなく、独自に開発した機械学習に基づくペプチド-受容体相互作用予測システムである、PD-incorporated SVMを活用して、新規ペプチドの受容体を20種近く高効率で決定しました(図1)。
この成果から、ホヤの新規ペプチドの受容体は、他の分子をリガンドとする受容体から派生して誕生したことがわかり、ペプチド受容体の新たな進化の様子を浮き彫りにできました(図2)。
また、脊椎動物のペプチドホルモンGnRHのホヤホモログ(t-GnRH)受容体、Ci-GnRHR1やCi-GnRHR2がそのオーファンパラログであるCi-GnRHR4とヘテロダイマーを形成し、リガンド選択的にシグナリングを調節することを初めて解明しました。これらの成果から、ペプチドによるシグナル伝達のホヤ独特の多様化が明らかになりました(図3)。
このように、従来の配列相同性、分子系統樹、立体構造からは説明できない受容体の機能や分子進化の多様性を明らかにしました。現在、受容体や他のタンパクの新たな多様性とその仕組みの解明を目指して研究を続けています。
ホヤは開放血管系を有するので、脊椎動物が形成している内分泌系を獲得できていません。したがって、脊椎動物では内分泌系で制御されている卵細胞の成長、成熟、排卵といった機構は、別の機構で制御されていると考えられました。
そこで、ペプチド前駆体プロセッシングタンパク遺伝子のプロモーターに蛍光タンパク遺伝子を接続したトランスジェニックホヤを作製し、ホヤの中枢神経に存在するペプチド性ニューロンが卵巣へ投射していることを突き止めました(図4)。このことから、いくつかの神経ペプチドが卵胞の成長、成熟、排卵を制御していることが示唆されました。
また、ホヤタキキニン(CiTK)の受容体は卵黄形成期(Stage II)のテスト細胞、ホヤバソプレッシン(CiVP)の受容体は卵黄形成終了期(Stage III)の卵細胞に、ホヤコレシストキニン(cionin)の受容体はStage IIIの濾胞細胞に存在していることがわかり、これらのペプチドの標的が明らかになりました。そこで、これらのペプチドの受容体を発現している卵胞に投与して生じる遺伝子発現変動や形態の変化を調べました。
その結果、CiTKは、cathepsin D, carboxypeptidase B, chymotrypsinといったプロテアーゼを活性化して卵黄形成期の卵胞の成長を促進し、この作用は別の神経ペプチド、CiNTLP6により抑制されているという、これまで知られていなかった卵胞成長機構を発見しました(図5)。
加えて、ホヤの排卵はcioninが受容体型チロシンキナーゼ(RTK)によるシグナル伝達を介しても起こることがわかりました。このように、ホヤでは、シグナル伝達の一部を脊椎動物と共有している部分もある一方、脊椎動物とは異なる卵成熟や排卵トリガーを使っていることや、ホヤ独特の分子機構を有していることが解明されました。また、脊索動物門の共通祖先生物の排卵機構はホヤのような卵胞の成長、成熟、排卵機構を有していて、進化の過程でそれらが各生物種において多様化していったことが推察できます。以上の成果からペプチドのようなシグナル分子は個体の生体制御とともに、配偶子の形成(=種の存続)、および、生物種の普遍性と多様性の双方に深くかかわっている物質であると考えられます。
現在、 (1)他の分子によるホヤ卵胞成長、成熟、排卵のさらに詳細な分子機構、(2)脊椎動物門の卵胞成長機構や卵成熟・排卵機構の進化上の原点、ならびに、その脊索動物門における普遍性と多様性メカニズム を明らかにする研究に取り組んでいます。