卵巣におけるタキキニンシグナル伝達系はゴナドトロピン非依存段階である二次卵胞の成長を誘導する
【発表論文】
“Ovarian tachykinin signaling system induces the growth of secondary follicles during the gonadotropin-independent process”
J. Biol. Chem. (2025) 301(4) 108375
川田 剛士1、青山 雅人23、松原 伸1、大杉 知裕1、酒井 翼1、桐本 真治1、中岡 さつき1、杉浦 悠毅4、安田 恵子2、佐竹 炎1
1.公益財団法人サントリー生命科学財団 生物有機科学研究所 2.奈良女子大学 理学部化学生物環境学科 3.ニプロ株式会社 4.京都大学大学院医学研究科
Open access DOI: 10.1016/j.jbc.2025.108375
■研究の背景:卵胞の成長を左右するメカニズムとは?
脊椎動物の卵胞は、排卵に向けて段階的に成長していきます。成熟段階の成長には「ゴナドトロピン(GTH)」というホルモンが欠かせませんが、それより前の段階、特に「二次卵胞」と呼ばれる初期ステージの卵胞の成長は、GTHに依存せずに進みます。このGTHに依らない成長を、どのような仕組みが支えているのかは長年の謎でした。一方で我々はGTHの存在しない原索動物ホヤでホヤのタキキニン (TK) が卵胞を成長させることを明らかにしていました(Aoyama et al. Endocrinol 2008, Aoyama et al. Peptides 2012, Kawada et al. Front Endocrinol 2022, Satake and Sasakura Mol Cell Endocrinol 2023, Satake et al. Zoolog Sci 2024)。
■研究の成果:鍵を握るのは「タキキニン」
我々は神経伝達物質の一種である「タキキニン(TK)」に注目しました。マウスを使用した実験で、TKが二次卵胞の顆粒膜細胞(卵胞を構成する重要な細胞)に作用して、卵胞の成長を促すことを発見しました。さらに、TKの作用により「COX-2」という酵素の遺伝子が活性化され、その結果、卵胞の成長を助ける「プロスタグランジン(PGE₂とPGF₂α)」が増加するというメカニズムも解明しました。これらの物質は、それぞれ異なる卵胞構成細胞に存在する受容体に働きかけ、協調して成長を促すことも明らかになりました。この一連の働きには、JAK1-STAT3というシグナル伝達経路の活性化が関与することも確認されました。
■進化的な視点からの発見も
さらに興味深いのは、このTKの働きが、原索動物である「ホヤ」でも観察されていたことです。ホヤでは脳神経節からTKが分泌される一方で、マウスでは卵巣自体がTKを作り出すという違いがあり、進化に伴って卵胞成長の制御システムが多様化してきたことを示唆しています。
■今後の展望
この成果は、不妊治療や女性の生殖医療における新たなアプローチの糸口になる可能性があります。従来とは異なるメカニズムで卵胞成長を促すこの仕組みは、ホルモン治療とは異なる副作用の少ない選択肢の開発につながるかもしれません。

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